ご飯は、よく噛むとほのかに甘味があります。その甘味の成分は、消化酵素の働きでデンプンから生じる「マルトース(麦芽糖)」という糖類です。
この記事では、ご飯(お米)に甘味がある理由・仕組みを解説しています。
ご飯の甘味成分はマルトース(麦芽糖)
ご飯を噛むと、デンプンが分解されて麦芽糖(マルトース)ができます。デンプンと麦芽糖について説明し、麦芽糖とはどんなものか紹介します。
米の主成分「デンプン」は甘くない
精白した米は、重量の80%近くを炭水化物が占め文献1、その大部分がデンプンです。デンプンは、多数のブドウ糖(グルコース)が連なった大きな分子です。
デンプンは、強い甘味を持つブドウ糖からできており、重要な栄養素でもあります。しかし、甘さはありません。デンプンの分子が、非常に大きいためです。
私たちの味覚は、味をもつ化学物質を感じとります。それらの物質は、比較的小さな分子やイオンです。
大きな分子であるデンプンは、小さく切断され糖類になると、はじめて甘味が生じます。
ご飯の甘み成分マルトース(麦芽糖)とは?
麦芽糖(マルトース)は、グルコース2つが結合した糖類で、砂糖の50%程度の甘味文献2があります。
だ液に含まれる消化酵素「アミラーゼ」は下図のように、デンプンの長い分子鎖を適当な位置で切断し、より短い鎖か、もしくはマルトースにまで分解します。
ご飯を噛むと、アミラーゼの働きで、デンプンからいくらかのマルトースができるため、ほのかに甘味を感じるのです。
デンプンは、だ液と膵液のアミラーゼでマルトースに分解され、さらに小腸で単糖のグルコースに分解されてから吸収されます。
二糖のマルトースまでしか消化しない理由は?
だ液・膵液はアミラーゼにより、デンプンを二糖のマルトースへ分解します。この段階では、あえて単糖のグルコース(ブドウ糖)に分解しないよう進化してきたのです。これには、腸内細菌が関係しています。
私たちの腸には、膨大な数の腸内細菌がいます。腸内細菌は、ヒトから棲む場所と栄養を与えられます。その代わりに、消化を手助けしたり、消化管に侵入した有害な細菌と戦ったりして、ヒトと共生しているのです。
たとえば、乳児にハチミツを与えてはいけないのは、腸内細菌叢が未発達なためです。腸内細菌が少ない乳児期には、ハチミツ中の「ボツリヌス菌」の活動・繁殖を抑えられず、食中毒になることがあります3。
ヒトに必要不可欠な腸内細菌ですが、うまく制御して飼い慣らすには、工夫も必要です。多少の栄養素を腸内細菌に与える一方で、食べ物に含まれる栄養素の大部分は、ヒト自身で吸収せねば生きていけません。
消化された栄養素を吸収するのは、小腸の役目です。この小腸にも、大腸より少ないものの、多くの腸内細菌がいます。
もし小腸に、グルコースのような単糖がたくさん流れ込んでくれば、腸内細菌がその多くをエサにしてしまいます。小さく切断された栄養素は、ヒトだけでなく、細菌にとっても栄養源にしやすいのです。
それを防ぐため、口腔・胃・十二指腸での「管腔内消化」とは別に、小腸での「膜消化」という機能が備わっています4, 5。
管腔内消化は、消化酵素や胃酸を含む消化液を分泌して行う消化です。デンプンならば、二糖のマルトースにまで分解されます。小腸で吸収できる大きさの、一歩手前にまで栄養素を分解するのが、管腔内消化の役割です。
次いで行われる膜消化では、消化液を分泌しません。小腸内表面の「吸収上皮細胞」は、細胞膜に消化酵素を備えます。細胞膜上で、消化酵素「マルターゼ」によりマルトースをグルコースに分解し、すぐさま吸収するのです。
こうして、二種類の消化を段階的に行うことで、腸内細菌より優先して栄養素を吸収できます。
膜消化は、マルトースだけでなく、ラクトース(乳糖)やスクロース(ショ糖/砂糖)、オリゴペプチド(アミノ酸が数個繋がったもの)に対しても、対応する消化酵素を使って同様に行われます4。
また、管腔内消化で単糖やアミノ酸にまで栄養素を分解すると、消化管内の内容物の浸透圧が高まりすぎて、小腸での水分吸収が正常に行えません。膜消化は、この不都合を防ぐ仕組みでもあります5。
焼き芋の甘味も、ご飯の甘味と同じマルトース
稲は、子孫を残すために種子をつくります。種子には、発芽につかう栄養が、デンプンとして蓄えられています。(そのデンプンの部分だけを残し、籾や胚芽などを取り除いたものが「白米」です。)
植物の種子もヒトと同じく、デンプンを酵素で分解しなければ、栄養として利用できません。そのため、稲をはじめデンプンを蓄える植物はみな、アミラーゼを持っています。
焼き芋の甘味も、米の甘味と同じく、マルトースのものです。サツマイモもデンプンを蓄えているため、やはりアミラーゼを持っています。
焼き芋を作る時など、サツマイモをゆっくりと加熱すると、アミラーゼによりデンプンが分解され、甘味が増えるのです。
ただし、アミラーゼはタンパク質でできた酵素であり、高温では変性し失活します。そのため、急激に加熱せず、ゆっくりと加熱することで、アミラーゼが働く時間を長くして、甘味を引き出せます。
まとめ・参考文献
ご飯の甘味の正体は、デンプンが消化酵素により分解されて生じる糖類の「マルトース(麦芽糖)」です。
ご飯をよく噛むと、消化によいだけでなく、マルトースの甘味を引き出すこともできます。
参考文献¶
- 日本食品標準成分表2015年版(七訂)
- 中村 宜督, 榊原 啓之, 室田 佳恵子, 『エッセンシャル食品化学』, 講談社 (2018) .
- 厚生労働省, 「ハチミツを与えるのは1歳を過ぎてから。」 (2020年11月14日閲覧) .
- 岩堀 修明, 『図解 内臓の進化 - 形と機能に刻まれた激動の歴史』, 講談社 (2014) .
- 更科 功, 『残酷な進化論 - なぜ私たちは「不完全」なのか』, NHK出版 (2019) .