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ヒアリが嫌がるワサビの成分アリルイソチオシアネート

2019年4月12日

ヒアリを防ぐワサビ!研究者の「小さな」一工夫とは

ヒアリ対策として実用化が期待。ワサビの辛味成分に行った「小さな」一工夫とは?

 

2017年、兵庫県尼崎市、国内で初めてヒアリが確認されました。そんな、ヒアリ防衛の最前線ともいえる兵庫県から、興味深い研究結果が報告されています。

アリ学を研究している兵庫県立大の橋本佳明准教授らは、マイクロカプセル化したワサビの辛味成分アリルイソチオシアネート(AITC)を含むシートが、ヒアリに対して強い忌避性を持つことを突き止め、その研究結果を論文にまとめ報告しました。世界中で侵略を続けるヒアリの拡散防止に向けて、実用化が期待されます。

実は、昔から知られていたワサビの防虫効果。しかし、防虫剤としての実用化には大きな問題がありました。橋本准教授らの研究結果は従来の問題点を解決するもので、その要点は「マイクロカプセル化」という小さな(ミクロの)技術にありました。

 

ヒアリの侵略に直面する日本

南米原産のヒアリ。特定外来生物に指定されていて、世界の侵略的外来種ワースト100にも選ばれている侵略者。北米、中国、台湾など、世界中に外来生物として生息域を広げています。

ヒアリは強い攻撃性と毒を持っています。刺されて死に至ることは稀ですが、人々の暮らしを脅かす存在であることは確かです。生態系保護の観点からも、日本への侵入・定着が心配されています。

 

コンテナに紛れ込むヒアリ

これまで国内でも、幾度となく確認されてきたヒアリ。彼らは「海を越えて」やってきます。すでに定着している中国などから輸送される海上コンテナに紛れ、日本に上陸するのです。

これが働きアリ程度であれば、いずれ死滅するでしょう。問題となるのは、女王バチを含む「コロニー」ごと、コンテナに紛れ込んでしまった場合。実際、国内初確認のニュースにもなったヒアリは、800匹を超える働きアリや女王アリを含むコロニーで、国内へ定着するに十分な繁殖力を持っていました。

その後も数十回にわたり、中国からのコンテナにヒアリが確認され、その度に駆除が行われています。日本は現在、海をはさんだ水際対策に依存している状態です。

より抜本的な対策としては、コンテナごと、ヒアリを寄せ付けない薬品(忌避剤)で守ることが考えられます。しかし、コンテナに入っているのは、食品などの物資。安易に化学的な薬剤を多用するわけにもいきません。ヒアリの対策と人々の健康、その両方を満たすものが求められていました。

 

なぜヒアリにワサビ?

ヒアリにワサビ。この組み合わせに驚いたり、「なぜ?」と不思議に思った方も多いでしょう。実は、ワサビの持つ辛味成分が忌避剤(虫を寄せ付けない薬剤)として働くことは、昔から知られています。その成分こそ、橋本准教授らの研究でも用いられたアリルイソチオシアネート(AITC)。

そもそも、ワサビという植物はなぜ、あのような辛味を持っているのでしょう。もちろん、私たち日本人に(そして今では世界中の人々にも)おいしい寿司や刺身を味わってもらうためではありません。

ワサビの辛味は、害虫などに対する防衛機構であると考えられています。外敵に食べられ細胞が傷つくと、辛味成分アリルイソチオシアネートを放出するという巧妙なメカニズム。これにより葉を食べる虫などから身を守っているのです。

私たちからすると「ワサビの辛味がヒアリにも効くなんてすごい!」と考えがちですが、実際は人間こそ「ワサビが外敵から守るために作る成分を、あえて味わう」変わり者なんですね。

アリルイソチオシアネートの構造

ワサビの辛味成分アリルイソチオシアネート(AITC)
ワサビが傷つく(食べられたり、すり下ろされたり)と生成
けっこう小さな分子です

 

揮発性と刺激性がネック

「ワサビが虫を寄せ付けないなら、もっと早くヒアリに使えばよかったじゃないか。」そう思った方もいらっしゃるでしょう。仰るとおり、ワサビの成分は天然の安全な忌避剤です。

しかし、海上コンテナなどに使うには大きな問題がありました。揮発性の高さと、それに伴う刺激性の強さです。アリルイソチオシアネートには揮発性があります。

もし、アリルイソチオシアネートを海上コンテナに直接吹きかけたら?数十分から数時間程度で、ほとんどが揮発し、効果がすぐに消えてしまいます。そして、その蒸気にも刺激性が。日本人にはおなじみのあの、刺激です。輸送作業に携わっている方々は、目や鼻などをやられて仕事どころではないでしょう。

この揮発性と刺激性がネックとなり、ワサビのアリルイソチオシアネートに忌避性があることは分かりつつ、実用化は難しいという背景がありました。

 

マイクロカプセル化

「ワサビの忌避効果を使いたいけれど、揮発性が高すぎて実用に向かない。」

そんなジレンマを解決したのがマイクロカプセル化です。マイクロカプセルとは言葉の通り、「とても小さな」カプセル。現代の技術では、物質の細かい粒子や液滴をコーティングして、目に見えない小さなカプセルにすることが可能です。

橋本准教授らは、マイクロカプセル化したワサビ成分の開発・製造を行う株式会社PRD、シートなどの取り扱いを行うもりや産業株式会社と共に、産学連携した共同研究を行っています。研究に用いられたのは、マイクロカプセル化したアリルイソチオシアネートを含む「ワサビシート」。

成分をカプセルに閉じ込めたことで、揮発のスピードを制御できるようになりました。揮発は、カプセルの殻にある「小さな穴(細孔)」から徐々に起こります。ほんのわずかな蒸気なので、刺激性の心配もありません。こうして問題を解決した「ワサビシート」が、実験のため、すでにヒアリの定着している台湾へと持ち込まれました。

 

ヒアリに対する完全な忌避効果

実験の概要はこうです。穴の空いた容器(トラップ)にヒアリの好むエサが入っています。一方はワサビシート入り、もう一方はワサビシート無し(対照実験のためにただの樹脂シート入り)の二つのトラップを、ヒアリの巣の近くに並べておきます。もし、ワサビシート入りの方だけトラップ内へ入ってきたヒアリが少なければ、効果ありといえます。

ちなみに、すっかり獰猛なイメージがついているヒアリですが、エサに使われたのはトウモロコシ粉でできたスナック菓子。食性は雑食のようです。

こうして数回実験を繰り返し、トラップへと入ったヒアリの平均数が出されました。その結果は、見事なまでのものでした。ワサビシート無し、平均157匹。ワサビシート入り、0匹。ワサビシートが入っていた方は、1匹もヒアリを寄せ付けなかったのです。マイクロカプセル化したワサビ成分アリルイソチオシアネートが、完膚なきまでにヒアリを防ぎました。

下記の論文へのリンク先で、ヒアリが嫌がっている動画(4秒ほど)を見ることができます。
Wasabi versus red imported fire ants: preliminary test of repellency of microencapsulated allyl isothiocyanate against Solenopsis invicta (Hymenoptera: Formicidae) using bait traps in Taiwan | SpringerLink

 

まとめ

ワサビの成分をマイクロカプセル化したシートを用いることで、従来の問題点を解決しつつ、ヒアリを寄せ付けないことを確かめた橋本准教授ら。今後は、実際にヒアリ忌避機能を持った梱包材の開発にも取り組まれるご予定だそうです。

アリという小さな生き物の研究が、日本の、そして世界の役に立つかもしれない。なんとも夢のある、大きな話です。実用化に向けた、さらなる研究の進展を願ってやみません。

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