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アリルイソチオシアネート-わさび辛味成分の科学

わさびの辛味成分アリルイソチオシアネートの科学-イメージ画像

ワサビは、日本原産の植物であり、古くから薬味として重宝されてきました。ワサビの辛み成分はアリルイソチオシアネートという有機化合物で、多くの分野で注目を集めている物質です。

この記事では、ワサビの辛み成分アリルイソチオネートについて、味覚や化学や植物学などの様々な観点から解説します。ワサビ成分の意外な応用のされ方にも要注目です。

ワサビの辛み成分アリルイソチオシアネート

ワサビの辛み成分アリルイソチオシアネートは、分子内にイソチオシアネート基 (-N=C=S) を持つ有機硫黄化合物です。分子量は99.15と小さめで、揮発性があり、わずかに水溶性があります。
ちなみに、ワサビだけでなく、カラシの辛み成分もアリルイソチオシアネートです。

アリルイソチオシアネートの構造式

この章では、ワサビやアリルイソチオシアネートの基本情報をまとめています。

ワサビってどんな植物?

ワサビはアブラナ科の植物で、日本原産です。山地のきれいな水の流れる場所でよく育ち、静岡県や長野県、東京の奥多摩エリアなどが代表的な産地です。少ないながら、国内の山地に自生もしています。

ワサビに関する最古の記録は飛鳥京跡から出土した木簡に残されており、江戸時代には寿司の普及とともに、ワサビの利用が一般に広がりました。

ワサビは、全草(植物全体)に辛み成分のアリルイソチオシアネートを、前駆体である配糖体として含んでいます配糖体については後述)。

特に辛みが強く、薬味として用いられるのは、根茎こんけいと呼ばれる茎の部分です。しかし、根茎だけでなく葉の部分(葉ワサビ)も食用になります

本ワサビと西洋ワサビ(ホースラディッシュ)の違い

ワサビには日本原産の「本ワサビ」以外に、東欧原産の「西洋ワサビ(ワサビダイコン、ホースラディッシュ)」もありますが、どちらも辛み成分はアリルイソチオシアネートです。

西洋ワサビには、本ワサビの1.5倍ほどの強い辛みがあります。一方、本ワサビは根茎の内側に糖分を多く蓄えており、辛みのなかに甘味もあるのが特徴です

これら2種のワサビは、アリルイソチオシアネート以外の微量成分の組成も異なるため、風味の質も異なり、和食では本ワサビが重宝されます。

しかし、普通の畑で育つ西洋ワサビ(ホースラディッシュ)は大量生産に向き、チューブ入りワサビや粉ワサビ用に需要の大きい作物です。

アリルイソチオシアネートは「冷たい」感覚に作用

香辛料などに含まれる辛み物質は、痛覚・温覚・冷覚といった、味覚以外の感覚に作用します。このため辛みは、味覚には分類されません。

辛み成分のなかでも、ワサビのアリルイソチオシアネートは冷覚に作用します。17℃以下の温度に反応する受容体TRPA1を活性化するのです。TRPA1には、ワサビ受容体 (wasabi receptor) という別名もあります。

冷覚を刺激するアリルイソチオシアネートは、熱産生を高めますが、熱放散を抑制します。これは、熱放散を促進して汗をかかせたりするカプサイシン(唐辛子の成分)の作用とは対照的です

アリルイソチオシアネートの3つの性質

料理や食の観点からも注目したい、アリルイソチオシアネートの「揮発性」「化学反応性」「抗菌・抗真菌活性」の3つの性質について、順に紹介します。

揮発性(辛みが飛びやすい)

アリルイソチオシアネートは比較的小さな分子で、揮発性があります。沸点は152℃で、常温やヒトの体温程度でもゆっくりと揮発するのです。

ワサビの「ツーン」とくる辛みも、口内で揮発したアリルイソチオシアネートにより、鼻粘膜を介し、三叉神経の知覚神経終末が刺激されることが原因です

すりおろしたワサビのアリルイソチオシアネートは、揮発して徐々に減少します。急激には減少しないものの、長期保存する製品では無視できない要因です。

チューブ入りわさびでは、包接化合物(他の分子を包み込める化合物)であるシクロデキストリン(環状オリゴ糖)を用いて、アリルイソチオシアネートの揮発を防いでいる製品もあります。

高い化学反応性(分解しやすい)

イソチオシアネート類は比較的高い化学反応性を有し、水の存在下ではゆっくりと加水分解されます。

すりおろしたワサビにおいても、アリルイソチオシアネートは徐々に分解されます。その分解産物により、次第にニンニク様の匂いが生じてくるのです

アリルイソチオシアネート水溶液を100℃で1時間加熱した実験では、下図のような分解産物の生成が確認されており、ニンニクと共通する香気成分やそれに類似する成分も含まれています。

加熱還流したアリルイソチオシアネート水溶液中に生じる8つの分解産物の構造式
加熱したアリルイソチオシアネート水溶液中に生じる分解産物

抗菌・抗真菌活性

ワサビには抗菌活性があり、江戸で握りずしを考案した華屋はなや与兵衛よへえも、「解毒作用」があるとしてワサビを用いていました

実際に、アリルイソチオシアネートは広い抗菌スペクトルを持ち多様な細菌に抗菌性を示すほか、カビや酵母にも活性を示します

より高い細菌生育阻害活性を持つのは、溶液でなく、気体状態のアリルイソチオシアネートです。こうした特長を生かして、ワサビ成分配合の弁当用抗菌シートなどが実用化されています。

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イソチオシアネートで身を守るアブラナ科植物

アリルイソチオシアネートを作るワサビのように、全てのアブラナ科植物は、種々のイソチオシアネートを作りますアブラナ科植物がイソチオシアネート類をもつ主な理由は、身を守るためです。

植物が作る物質には、食害や病原体を防ぐための「毒物や忌避物質」も非常に多く、アブラナ科植物が作るイソチオシアネート類も該当します。

この章では、ワサビをはじめとするアブラナ科植物が、イソチオシアネート類をどのように利用しているかを解説します。

配糖体の「グルコシノレート」として存在

イソチオシアネートは化学反応性が高く、生物には毒としても作用します。そのままの形で細胞に貯蔵すると、植物自身にも毒として働いてしまうのです。

そこでアブラナ科植物は、細胞の液胞内に配糖体である「グルコシノレート」としてイソチオシアネートを貯蔵しています。

配糖体とは、糖の特定の部分に、糖でない化合物が結合した物質の総称です。グルコシノレートは、イソチオシアネート類の前駆体となる配糖体を指し、グルコースが縮合した構造を持ちます。

アリルイソチオシアネートの場合、対応するグルコシノレートは「アリルグルコシノレート」という化合物です。同じ化合物を指す「シニグリン」という慣用的な名前も頻繁に用いられます。

アリルイソチオシアネートを例にグルコシノレートについて図説した画像グルコシノレートは上図のように、グルコースを糖とする配糖体です。天然にはカリウム塩として存在します。生物活性に乏しく低毒性で、水溶性が高く、植物細胞内での貯蔵に適した物質です。

酵素「ミロシナーゼ」で配糖体が分解

アブラナ科植物がもつ酵素「ミロシナーゼ」は、グルコシノレートを分解します。配糖体であるグルコシノレートから、糖の部分を切断するのです。

糖が外れた残りの部分は不安定で、自発的にさらなる分解が起こり、イソチオシアネートが生じます。

普段はイソチオシアネートが生じないよう、2つの物質が蓄えられているのは別々の細胞です。アブラナ科植物には、グルコシノレートの貯蔵に特化した「ミロシン細胞」という細胞があります。

アブラナ科植物はイソチオシアネートで防御

アブラナ科植物が捕食者に食べられたりすると、細胞も壊れ、液胞からグルコシノレートとミロシナーゼが流出します。

ダメージを受けて初めて、グルコシノレート(前駆体の配糖体)とミロシナーゼ(酵素)が混ざり、イソチオシアネートが生じる仕組みになっているのです。

こうして生じるイソチオシアネートこそ、アブラナ科植物の防御物質です。ワサビのアリルイソチオシアネートの場合、昆虫や線虫、微生物など、様々な土壌生物に活性を持ちます

野菜の代表的なイソチオシアネート一覧

植物からは120種類以上のイソチオシアネートが発見されています。イソチオシアネート類を作る植物の代表的グループが、ワサビも属するアブラナ科です。

代表的なアブラナ科野菜のイソチオシアネートと、対応するグルコシノレートを下表にまとめます

代表的なアブラナ科野菜のイソチオシアネートと前駆体のグルコシノレート
野菜 イソチオシアネート グルコシノレート
(配糖体)
  • ワサビ
  • カラシナ
アリルイソチオシアネートの構造式
アリルイソチオシアネート*
シニグリン
ダイコン 4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアネートの構造式
4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアネート*※1
グルコラファサチン
ブロッコリー スルフォラファンの構造式
スルフォラファン
グルコラファニン
  • キャベツ
  • クレソン
ベンジルイソチオシアネートの構造式
ベンジルイソチオシアネート*
グルコトロペオリン
フェネチルイソチオシアネートの構造式
フェネチルイソチオシアネート*
グルコナスツルチイン
シロガラシ p-ヒドロキシベンジルイソチオシアネートの構造式
p-ヒドロキシベンジルイソチオシアネート
シナルビン
ケッパー※2 メチルイソチオシアネートの構造式
メチルイソチオシアネート*
(カッパリン)
グルコカッパリン
記載の各野菜が、表中のグルコシノレートしか作らないとは限らず、複数のグルコシノレートを作ることもあります。
*印のイソチオシアネートは強い辛みがあります
アリルイソチオシアネートはダイコンの辛み成分でもあるとの記述がインターネット上に多いですが、ダイコンの主要なイソチオシアネートではなく、誤りです。
アブラナ科ではないケッパーも、参考として記載しています。

意外な分野で応用!アリルイソチオシアネート

ワサビのアリルイソチオシアネートは、生物活性や刺激性といったユニークな特徴を持ちながら、ヒトへの毒性が小さい物質です。

こうした特性から、食用以外の様々な分野でも用途が見出されています。この章では、アリルイソチオシアネートが意外な分野で応用されている2例をピックアップしました。

ワサビの香りで知らせる火災警報装置

一般的な火災警報器は、音で警報を発します。しかし、聴覚が不自由な方には別の方法で危険を知らせねばなりません。そのうえ、就寝中でも気づけるような工夫が必要です。

そこで日本人の研究者らにより、わさびの刺激性を利用した火災警報装置が開発されました。

この装置は、ガス状のアリルイソチオシアネート(臭気ガス)を噴射する臭気発生装置であり、住宅用火災警報器と組み合わせて用います。警報器が火災を感知すると、この装置から臭気ガスが噴射されるのです。

開発研究の過程で、アリルイソチオシアネートの臭気ガスは、就寝中の人を覚醒させる作用があるほか、人体に悪影響がないことも確認されました。

この業績に対して2011年に、開発に携わった日本人7人が、ユーモアあふれる科学研究などに贈られるイグノーベル賞を共同受賞しました

ヒアリも防ぐアリルイソチオシアネート

世界の侵略的外来種ワースト100に名を連ねるヒアリは、海上輸送コンテナなどから国境を越えて生息地を広げます。日本でも幾度となく、コンテナからヒアリが確認され、水際対策で定着を防いできました。

抜本的対策として、コンテナに忌避剤や殺虫剤を使うことが考えられます。とはいえ、コンテナには食品などの様々な物資が入っており、安全性の高い薬剤が必要です。

矢面に立ったのがワサビの昆虫に対する忌避効果です。しかし、アリルイソチオシアネートには揮発性があり、単に染みこませただけでは、すぐに効果がなくなってしまいます。

そこで、マイクロカプセル(細孔をもつ微細なカプセル)にアリルイソチオシアネートを閉じ込めて、揮発速度を制御する技術が用いられました。

この、マイクロカプセル化したアリルイソチオシアネートを練り込んだ「ワサビシート」は、ヒアリに高い忌避、殺虫効果を示すことが分かり分かり、実用化に向けた研究が進んでいます

まとめ・補足・参考文献

アリルイソチオシアネートはワサビにとって、身を守る「毒」です。一方、私たちにとっては食を豊かにする辛み成分でもあり、時にそれ以上の役割を発揮します。毒は、使い方次第で薬にもなるという好例でしょう。

数少ない日本原産の野菜でもあるワサビは、ぜひ積極的に活用したいものです。

補足:アリルイソチオシアネートの名前の意味

アリルイソチオシアネートは名前のとおり、アリル基を有するイソチオシアネートです。

アリル基は、3つの炭素原子をもつ炭化水素基(炭素と水素原子からなる置換基)で、-CH2-CH=CH2と表せます。

イソチオシアネートの意味は、少々複雑です。関連する物質として、「シアネート」と「イソシアネート」があります。

イソチオシアネートの関連化合物であるシアネート、チオシアネートとの比較画像
イソチオシアネートとその関連化合物

シアネートは、-O-C≡Nという部分構造を持つ物質です。

そのシアネートの構造異性体(原子のつながり方が異なる)がイソシアネートで、-N=C=Oの部分構造を持ちます。イソ(iso-)は、異性体を表すために使う言葉です。

アリルイソチオシアネートという名前の図説イソシアネートの酸素原子が硫黄原子に置き換わったものが、イソチオシアネートで(チオは硫黄を意味する)、-N=C=Sの部分構造を持ちます。

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