「重曹は除湿剤になる
」という情報は科学的根拠のないデマですが、多数の企業や個人により広く拡散されています。
重曹の除湿効果は皆無で、決して除湿剤の代用となるような物質ではありません。
この記事では、重曹が除湿剤としてまるで役に立たない理由を化学の観点から解説しています。
さらに、湿度をコントロールした容器内で、塩化カルシウム(一般的な除湿剤の成分)と重曹の吸湿量の比較実験を行います。
重曹は除湿剤にはならない
まずは、重曹が除湿剤にならない理由をまとめます。
- 重曹が除湿剤にならない理由
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- 約98%以下の湿度では、重曹による吸湿は進行しない。
- 重曹の吸湿が進行するのは湿度が約98%より高い場合のみ。その場合も、約98%までにしか除湿できない。
- 湿度30%台にまで乾燥できる市販の除湿剤(塩化カルシウム)とは異なり、重曹に湿度を低く保つ能力はない。重曹が除湿剤になるとは言い難い。
- 重曹が固まっても湿気を吸っているとは限らない。多くのケースで、重曹が固まっても除湿はできていない。
除湿剤に向くのは「臨界湿度」が低い物質
物質のなかには、ある湿度を超えると、急激に吸湿しやすくなるものがあります。こうした湿度を「臨界湿度」と呼び、その値は物質により異なります。
下表は、重曹、塩化ナトリウム(食塩の成分)、塩化カルシウム(市販の除湿剤の成分)の臨界湿度の一覧です。
- 身近な物質の臨界湿度
除湿剤となるのは、塩化カルシウムのような低い臨界湿度を持つ物質です。
対照的に、重曹のような高い臨界湿度の物質は、まったく除湿剤には向きません。
臨界湿度より高い湿度では、固体の物質(もしくは飽和水溶液)と空気が触れる界面では、水蒸気の凝縮が起こり吸湿が進みます。
ジメジメした密閉空間にこうした物質を置くと、臨界湿度を超えている間はどんどん吸湿が起こり、理論上では臨界湿度まで除湿できるのです。
低い臨界湿度を持つ物質を用いてはじめて、「湿度を低く保つ」という除湿剤本来の目的を果たせます。
一方、高い臨界湿度を持つ重曹は、ジメジメした空間に置いても低い湿度にはできません。およそ98%以下の湿度では吸湿が進行しないためです。
また、表からも分かるとおり、重曹を使うくらいなら食塩を用いた方がまだましです。
次の章では、塩化カルシウムと重曹の吸湿量の比較実験を行います。
【実験】市販の除湿剤(塩化カルシウム)と重曹の除湿能力を比較
この章では、2通りの湿度(ほぼ100%と約75%)と2種類の物質(重曹と塩化カルシウム)の組み合わせにより、全4通りの条件で吸湿量の比較実験を行います。
湿度のコントロールは、密閉容器中に精製水(湿度ほぼ100%)、もしくは飽和食塩水(湿度約75%)を入れたビーカーを入れて行いました。
飽和食塩水を密閉空間に入れておくと、空間内の湿度が、塩化ナトリウムの臨界湿度と等しくなります。こうした手法は「飽和塩法」と呼ばれ、特定の湿度の環境を作る方法のひとつで、湿度計の校正にも利用されています。
実験では、約3 gの重曹か塩化カルシウムを入れたプラスチックカップと、精製水か飽和食塩水を入れたビーカーを同じ容器に入れて密閉しました。
その後、2日(48時間)ごとに質量変化を測定しつつ、6日間放置しました。
実験結果
時間経過に伴い、塩化カルシウムはどちらの湿度でも目に見えて吸湿が進行しました。湿度ほぼ100%の条件では2日間、湿度約75%の条件では4日間経過した時点で、ほぼすべての固体が溶けて水溶液になっていました。
一方、重曹は粉末の状態を保ったままで、塩化カルシウムのように全体が水溶液になったりしませんでした。
実験開始から終了までの、プラスチックカップ内容物の質量の変化を表にまとめます。
- 経時変化に伴う内容物の質量変化
(上段は質量 (g)・下段は実験開始時点からの増加率) -
湿度 約75% 100% 物質 NaHCO3
(重曹)CaCl2
(塩化Ca)NaHCO3
(重曹)CaCl2
(塩化Ca)経過時間 0
(実験開始)2.974 3.046 2.953 2.975 48 h
(2日間)2.978
(+0.13%)4.575
(+50.20%)3.145
(+6.50%)5.029
(+69.04%)96 h
(4日間)2.975
(+0.03%)6.043
(+98.39%)3.381
(+14.49%)6.691
(+124.9%)144 h
(6日間)2.971
(-0.10%)7.014
(+130.3%)3.540
(+19.88%)7.958
(+167.5%)
カップ内容物の質量の増加率をグラフにすると、下図のようになります。
- 重曹と塩化カルシウムの初期質量を基準にした質量の増加率
6日間での塩化カルシウムと重曹の吸湿量には、非常に大きな差が見られました。
塩化カルシウムは、どちらの湿度でも自重を超える量の水を吸湿しました。
重曹は、湿度約75%の条件では質量がほぼ一定であり、吸湿は進行していませんでした。ただし、湿度がほぼ100%の条件では自重の20%ほどは吸湿していました。
この実験結果は、先述した内容と矛盾しておらず、次の説を裏付けています。
重曹は、臨界湿度の約98%を超える湿度でのみ吸湿が進行し、それ以下の湿度では吸湿が進行しない。
「重曹は湿気を吸って固まるから除湿剤になる」説も間違い
重曹は、保管中に固まりができる(固結する)ことがあります。
「重曹が除湿剤になる
」という誤情報では、併せて「重曹が湿気を吸って固まりができる
」とも説明されがちですが、これも不正確な情報です。
実際には、重曹はほとんど吸湿せずとも固まります。わずかな吸湿と放湿を繰り返すことで、固体の粒子同士がくっつくためです。
わずかに吸湿すると、固体表面に微量の飽和水溶液が生じます。そして、固体の粒子同士が接した状態で放湿すると、飽和水溶液から析出した固体により、粒子同士がくっつく(架橋される)のです。
わずかな吸湿と放湿を繰り返すだけでも固まるため、重曹が固まったからといって、除湿できたという証拠にはなりません。
そして、重曹の吸湿が進行するには、前述したように約98%を超える非常に高い湿度が必要です。重曹を置いていて固まったとしても、多くのケースでは、ほとんど吸湿していないでしょう。
まとめ・参考文献
「重曹には除湿効果があり除湿剤になる
」という情報は、ネット記事を中心に、動画サイトやSNS、書籍、テレビ番組などで紹介されています。
これらの情報は、勝手な決めつけや思い込みをもとに主張されており、重曹の化学的性質に反する内容です。多くの企業や個人が事実確認をせずに誤った情報を発信しています。
塩化カルシウムが除湿剤に使われるのは、湿度を低く保つのに適した化学的性質をもち、コストや安全性の面でも除湿剤に向いているためです。
固体の物質がなんでも除湿剤になるわけではなく、重曹は除湿剤にはまったくもって不向きです。
重曹は湿度約98%以下の場所に置いてもほとんど吸湿しません。湿度が約98%を超える密閉空間に置くと、少しは吸湿しますが、約98%までしか除湿できずに高い湿度が保たれます。
重曹では低い湿度を作り出せないので、カビを防いだりすることもできません。「重曹が除湿剤になる
」という情報は、決して信じないようにしましょう。